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スラッシュメタルとは?
スラッシュメタルの誕生
THRASHという言葉を直訳すると「強く打つ,むち打つ」などという意味になる。つまりそのサウンドがまるでムチをうつかのようなイメージを与えることから来ているという説がある。ただ、この「スラッシュ」というのは元々スケートボードの用語であったという。さらに「スラッシュ」というのはもともとはサーフィン用語でもあったし、「風を切って突っ走る」という意味合いがある。アメリカではもともとボーダーなどヘヴィメタル、ハードコアの愛好者が多くいたからこのような呼び名が生まれてきたのであろう。これがKERRANG!で使われ始め(アトミックメタルなんて呼び名もあったらしい)、スラッシュメタルという呼び名が広がっていく。
スラッシュメタルのルーツとなるのは英国のNWOBHMとハードコアパンクということになるだろう。それがアメリカにおいてより激しいロックとして自分なりに解釈を始めたということになる。
NWOBHMとの関係性
今までのハードロックに変わるキッズのロックとしてパンクムーブメントがイギリスで巻き起こった。セックスピストルズの登場に始まるパンクは一大ブームを築き上げることになる。しかし、長くは続かず、替わって登場してきたのがNWOBHM、「ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタル」であった。その動きはHARD
ROCKがパンクをフィルターに経過し、よりファスト、ラウド、ハードなHARD ROCKサウンドを求めたバンドが、新しい"HEAVY
METAL"というスタイルを提示したということにある。NWOBHMというのはあくまでムーブメントの総称であって音楽形態を表すものではないが、このムーブメントが後続に与えた影響はことのほか大きいのである。
ブラックメタルのカリスマVENOM
NWOBHMの中で最もスラッシュメタル勢に影響を与えたバンドとはIRON
MAIDENを筆頭に、MOTORHEAD、そしてANGEL
WITCH、WITCHFIDER GENERAL、RAVEN、など。しかしやはりVENOMの影響力はことのほか大きかった。というより彼等こそがスラッシュメタルのルーツそのものといっても過言ではない。ぐちゃぐちゃな音質や演奏から繰り出される強烈なハードロック、悪魔的な歌詞などからみれる異端性はNWOBHMのなかでも浮いた存在であったという。音楽性自体はMOTORHEADの流れを汲むパンキッシュなロックンロールである。しかし、
当時は彼等の音楽性はほとんど「キワモノ」としてしか認められていなかった。だからこそVENOMはその異端姓を持ってスラッシュメタル、ブラックメタルの始祖として名が挙がるのだろう。彼等の作品である「BLACK
METALは後続に大きな影響を与えることになる。そして、SLAYER、POSSESSED、SODOM、DESTRUCTIONなどといった黒魔術的要素を持ったバンドが生まれ、そのアルバムの名より"ブラックメタル"という呼び名が誕生するのである。
スラッシュメタルの始まり
NWOBHMやハードコアパンク、さらにはアメリカシーンでもはじまりつつあったハードコアパンクを取り入れつつ、激しいHEAVY
METALとして始めたバンドが、サンフランシスコ出身のMETALLICAであった。この頃には後にMEGADETHを率いることになるデイヴ・ムステインもメンバーとして在籍していた。
しかし、彼等も結成当時はまだいわゆるスラッシュメタルではなかった。デモ「NO LIFE
'TIL LEATHER」でのサウンドはNWOBHMからの影響が色濃い、非常にDIAMOND
HEAD(METALLICAが良くカバーすることで知られ、大のお気に入りである)のようなものであったという。この後、ハードコアやVENOMからの影響を大きく取り入れていき、へヴィかつスラッシーになっていいくのである。
METALLICAはまず有名なHEAVY METALコンピ「METAL
MASSACRE」に楽曲を提供。この第3弾に出演するはずだったL.A.のSLAYERはそのサウンドを聴いて奮起したという。当時彼らはJUDAS
PRIESTに夢中だったが、このMETALLICAには負けたくない!という負けず嫌い精神がSLAYERの原点であったというのは有名な話だ。
この後スラッシュメタルはアンダーグラウンドで栄えていくが、今考えられるようなスラッシュメタルの隆盛にはまだまだほど遠い状態であったという。初期スラッシュメタルはあくまでアンダーグラウンドのレベルをでないものであった。METALLICAを産んだサンフランシスコではスラッシュメタルはアンダーグラウンドで強い人気を誇っていた。それはやはり突出したMETALLICAという存在が大きい。そのなかでもカーク・ハメットが在籍していたEXODUSは地元では注目を集めていた。当初はふつうなHEAVY
METALのようなサウンドを提唱していたが、次第にハードなファクターが増し、METALLICA飛躍後の地元のリーダーとなったのである。彼らをTESTAMENTなどの後続という印象を持つ人もいるようだが、実はスタートはMETALLICAとそれ程変わらないし、ベイエリア・クランチというのはEXODUSによって広められたというのは間違いないだろう。
ということでEXODUSがMETALLICAと同期であるということは、彼等のデビューがMETALLICAと同じ83年であるということからも判る。そして、その後のMETALLICAの飛躍は著しく、既に翌84年には大手レーベル「ELEKTRA」とのディールを獲得していたのだ。スラッシュシーンは既にアンダーグラウンドで大きなものとなりつつあり、スラッシュメタルにとってのメジャーシーンへの突破口となり得たという話である。
一方アメリカ東海岸では、多彩な音楽性が飛び交う都市ニューヨークよりANTHRAXが登場する。彼等のデビューは先の通りMETALLICAが「ELEKTRA」との契約を結んだ同年、84年。(翌年にはEXODUSが、そして同郷のOVERKILLがデビューしている) そして彼等はMETALLICAに続いて85年、大手「ISLAND」とのディールを獲得し、メジャーデビューをはかることになる。(この時期にRAVENが「ATLANTIC」と契約)
さらにそれらに続いて METALLICAから解雇されたデイヴ・ムステインはその後L.A.にてMEGADETHを結成。こうしてスラッシュメタルは80年代初期〜半ばにアメリカ音楽シーンの地下で花開こうとしていた。
ベイエリアクランチ
スラッシュを生んだ土地サンフランシスコ。METALLICAの存在がやはり大きい、またEXODUSを筆頭とした層の厚さもあり、L.A.が当時派手できらびやかなイメージのあったアメリカンメタルに対してのアンチテーゼもあったという話だ。この頃になると先の"スラッシュ四天王"(METALLICA、SLAYER、ANTHRAX、MEGADETH)は大きな存在となっており、アルバムデビューもしていた頃である。それらのバンドに続き、サンフランシスコからEXODUSが、TESTAMENTが、DEATH
ANGELが、HEATHENがと続々登場していくことになる。それらは乾いたザクザクとした切れ味のあるギターリフが特徴的で、そのことから"ベイエリアクランチ"と呼ばれるようになった。
この隆盛は90年くらいまで続くのだが、その後次第にシーンの勢いを失っていき、それらのバンドも解散、休止を余儀なくされ、消えていくのであった。
欧州のスラッシュメタルシーン
このようにスラッシュメタルとはMETALLICAを筆頭としたサンフランシスコを中心としたムーブメントであった。しかしその動きを本国よりも早く察知し、支持を集めていたのは他ならぬヨーロッパ諸国であったらしい。実際にMETALLICAやSLAYERをはじめスラッシュメタルの人気というのはこの欧州サイドでの人気が飛び火して本国にうつったようにも表現できる。このことはアメリカの西海岸シーンが当時派手できらびやかなL.A.メタルに埋め尽くされ、スラッシュメタルの活動を海外に求めたということにも関係している。一方VENOMのインパクトを受けた欧州のファン達はそれを受け継ぐ、よりヘヴィなHEAVY
METALを求めていた。そのことからスラッシュメタルが欧州でもてはやされるのは当然のことだったようだ。
欧州スラッシュといえばやはりドイツだ。SODOM、DESTRUCTION、KREATORといった「ジャーマン3羽ガラス」の始まりは実はかなり早く、METALLICA、SLAYER、EXODUSというスラッシュ勢が1983年にデビューしているのだが、前述したジャーマンスラッシュバンドも実はそれほど変わらないデビューであったという。(SODOMに至ってはMETALLICAとほぼ同期) しかもどれも最初はVENOMの影響が色濃いブラックなスラッシュサウンドを表現していた。さらにスイスのブラックメタルバンドCELTIC
FROSTの存在も大きかった。
スラッシュメタルシーンの隆盛から終結まで
85年、METALLICAの「MASTER
OF PAPPETS」アルバムがビルボード21位まで上昇。当時にしては驚異的なことで、こうしてスラッシュメタルは大きな隆盛を迎えることとなる。そして、80年代後半にかけて最盛期に突入。その勢いはしばらくやまず、90年、91年にSLAYER、MEGADETH、ANTHRAX、TESTAMENTといった時代を代表するバンドが集って「CLASH
OF THE TITANS」というまさに時代の勢いならではのイベントが開催されることになる。
しかし90年代初期、すでに生まれていたデスメタルにとって変わられるような形でスラッシュメタルシーンは勢いを失っていく。多くのバンドは90年代半ばには活動の停滞。こうしてスラッシュメタルシーンは事実上その命を終えることになってしまう。
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